
# 4 埼玉県飯能市
因島が物語となった照明デザイン。
なんだか心地良いと感じる、灯りの話

# 4 埼玉県飯能市
Feel Lab
弦間康仁さん
プロフィール
大学卒業後、建設設備の開発・設計に従事したのち照明デザインの世界へ。自然界に存在するものとLED照明とを掛け合わせた小さな灯りを創り出す実験室・Feel Labを主宰。現在はBARやマンションといった建設照明や舞台照明のデザインに携わる。渚の交番SEABRIDGEプロジェクトでは照明デザイナーとして施設内の特殊照明を手掛けている。
日が暮れて、夜が近づく。すると人はみな、スイッチひとつで何気なく灯りを点ける。それはとても自然なことで、照明の存在は当たり前のように生活のなかにある。
しかしひとたび意識してみると、照明は私たちの心理に深く作用していることがわかる。団らんの灯り、読書の灯り、ひそひそ話の灯り、眠りにつく前の灯り――。家族のなかでも年代や好みによって「落ち着く」と感じる灯りの色温度が異なるように、照明は、思ったよりもずっと奥が深いようだ。

自分にとって、心地良い灯りってなんだろう。
今回は、渚の交番SEABRIDGEのプロジェクトで特殊照明を手掛けた照明デザイナー・弦間康仁さんの工房兼実験室を訪ねた。
キラキラとした水しぶきを上げて
未来へと進んでいく船

SEABRIDGEのメインスペースに一歩足を踏み入れるとまず目を引くのは、空間上に配置された不規則な光の球の集合体。高さ、大きさ、色の異なる球は全部で40個。よく観察すると、手前の球は大きく、奥の球は小さく、遠近感が表れている。これは弦間さんによる、SEABRIDGEのための作品だ。
SEABRIDGEのカウンターは船首の形をしている。弦間さんの描く物語では、その船は太陽に向かって進んでいる。船が上げた水しぶきは光の粒となって、空を舞う。水の球は太陽に近づくほど光を浴び、こがね色に染まっていく。
まるで未来へと向かっているかのようなストーリーがそこに表現されている.

フィールド全てがまるで光の実験室

埼玉県飯能市。県道を抜けて秘密の抜け道のような脇道を進むと、木々や竹林に囲まれた一角に「Feel Lab」がある。
ここは、弦間さんが作品を創るためだけの工房ではない。建物の外では、たとえば波長の異なる光で植物を育ててみたり、フウセンカズラやほおずきを栽培したり。最近では、そこいらに自生するたんぽぽの綿毛と照明とを組み合わせたりもした。このフィールド全てが、弦間さんによる光の実験室だ。

因島で「渚の交番プロジェクト」がスタートしようとする頃。この秘密基地みたいなラボラトリーで、こっそりと作戦会議が行われた。施設オーナーであり総合プロデューサーの酒井裕次氏。錆和紙アーティストの伊藤咲穂氏。そして、弦間さん。夕方から夜にかけて、ろうそくの灯りの中でひそひそと。まるで秘密を共有する子どものように、3人はそれぞれが描く物語を語り合った。

「数字が全ての世界を“未来”だとは思えなくなった」
サラリーマンから照明の世界へ
照明デザインに出会う前の弦間さんは、スーツを着て、部下を従え、売上を伸ばすことに心血を注ぐサラリーマンだった。そんな彼の価値観を大きく揺るがしたのは、東日本大震災。「石巻で泥かきのボランティアに携わるうちに、これまで信じていた価値観がひっくり返るのを感じました」。
それに連動するかのように、もの作りや灯りの面白さにも没頭していった。照明デザインのアカデミーで学ぶうちに、トップデザイナーですら言語化できていない未知の分野があることを知り、おもしろくて仕方がなかったという。

照明という最高のツールを得た弦間さんは、それまで正しいと思っていた価値観も、部下もステータスも全部手放して会社を退職。40歳のことだった。ますます灯りの実験にのめり込むなかで、感性の合うアーティストやデザイナーとの協働も実現していった。

因島で感じた、島のリズムと錆と自然
縁と縁がつながってSEABRIDGEの照明をデザインすることになり、初めて因島を訪れた弦間さん。朝カーテンを開けると、海の向こうの水平線から朝日が顔を出した。1日が終わりに近づく夕暮れどき、ピンクに染まった夕焼けの海岸はまるで天国のようだった。

浜辺には流木や錆びた鉄の塊が転がっている。自然のものと加工物が同じ場所に共存しているアンバランスさは想像力をかき立てる。島で過ごした時間は、そのままインスピレーションとして弦間さんの中に染み込んでいった。
「朽ちていくものと透明感と、錆と天国と。因島は、それらが少しずつ溶け合って混ざりあうようなイメージ。咲穂さんが“錆”を題材にすることはわかっていたので、だったら僕は、あえて対極のものを。海の透明さや水の質感を表現しようと思いました」。
灯りが創り出す、心地良い空間と時間とストーリー
コントロールできていない照明の未知を自分なりに読み解いてみたい。借りてきた自然のエッセンスを灯りと掛け合わせ、どうやって空間に表現できるか試してみたい。
「もの(プロダクト)を作ることは、僕にとってゴールじゃないんです。心身が求めるリズムにいざなうような心地良い空間、そこで過ごす時間。人の気持ちや関係性に自然と溶け込んでいくような空間や時間を作りたい。そのアプローチのひとつに、灯りがあるんです」。

心地良い灯りのもとで呼吸を整えると、そこは自分だけの自由な空間になっていく。心に“凪”が生まれていく。本来持っている心のリズムと、海の波長が合わさることで、なんだか肩の力が抜けていく。SEABRIDGEの静かな空間で、照明デザインのなかに描かれたストーリーを感じてみてはいかがだろうか。














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