# 7 広島県尾道市因島
渚に関わる人たちの記憶に刻まれた、
ある夏の物語
# 7 広島県尾道市因島
bitter☆sweet
成澤江里奈(はるり)さん
プロフィール
1994年、宮城県仙台市生まれ。2015年、製菓の専門学校を特待生で卒業。パティシエとして都内で経験を積み、2017年に恵比寿「カフェ アクイーユ」に就職、2022年退職。現在は都内パティスリーとクレープ店で働くかたわら自ブランド「bitter☆sweet」の活動を続けている。2024年、因島で開催された「島ごとぽるの展」ではオリジナルクッキー缶の考案・製作を担当。240缶が完売した。
2024年夏。瀬戸内海に浮かぶひとつの島に、大勢の人が足を運んでいた。デビュー25周年を迎えるロックバンド・ポルノグラフィティが、故郷の因島で、約1か月半にもわたるエキシビションを開催したのだ。
島内で連日さまざまなイベントが催されるなか、ここ渚の交番SEABRIDGEでも独自のコラボレーション企画を実施してきた。そのうちのひとつが、オリジナルクッキー缶「島缶」の販売だ。
今回「海がつなぐ物語」では、島缶を考案・製作したパティシエの成澤江里奈さんを迎え、話を伺った。SEABRIDGEで紡がれたひと夏の思い出を、ここに記録しておきたい。
胸を焦がす特別な夏が始まった
7月某日、AM7:00。
SEABRIDGEのスタッフが店に到着すると、何人もの人たちが店頭に並んでいた。2024年の夏が記録的な猛暑だったことは記憶に新しい。スタッフは日陰にスペースを用意し、並ぶ人たちに水を配ってまわった。
彼らがほしかったもの。それが、期間限定で販売したスペシャルコラボレーションのクッキー缶、「島缶」だ。
SEABRIDGEではこの島缶のほかにも、オリジナルドリンクやグッズを展開。海を眺めることのできる渚の休息地として、多くの人が立ち寄っては羽根を伸ばしていた。
ふたを開ければ
何度だって因島を思い出せる
島缶のふたを開けると柑橘のフレーバーがふわっと香り、因島にちなんだキャラクターをはじめ、さまざまな形のクッキーが顔を出す。漆黒の羽を想起させる蝶々や、夏の夜の真ん中に浮かぶように散りばめられた絞り出しクッキーなど、全部で7種類。八朔やレモンといった瀬戸内の食材がふんだんに使われており、それぞれ違った味わいが楽しめる。
クッキー缶は、宝石箱みたいだ。因島の風と、夏の熱気、海のキラメキ。島缶には、そんなひと夏の思い出がぎゅっと詰まっていると同時に、作者である成澤さんの想いも込められていた。
ふと呟いた夢が
海を越えて実を結ぶ
成澤さんは現在、都内の洋菓子店とクレープ店で働きながら、横浜・南太田にあるシェアキッチンをベースに自ブランドを運営している。
そんな彼女もまた、ポルノグラフィティを長年応援し続けてきたファンの1人だ。彼らの歌を通じてかけがえのない友人ができ、時に励まされながら、中学生だった少女はやがて大人になった。成澤さんが初めて因島を訪れたのは10年ほど前。バスで因島大橋を渡ったときの感動は、今でもまぶたに焼き付いている。
2024年春、「島ごとぽるの展」の開催を知った成澤さんは、「因島のクッキー缶を作りたい」とSNSに投稿。その一言が縁となり、SEABRIDGEでの販売が決定したクッキーの考案と製造は成澤さんが、そして缶と巾着のデザインはSEABRIDGEが担当し、大きな反響を呼ぶコラボレーションとなった。
幼い頃から取り組んできた
お菓子作りが教えてくれた可能性
当初、島缶は全部で150缶の販売を予定していた。しかしあまりの人気により、初日分は1時間で完売。追加販売が急遽決まり、最終的には240缶もの島缶がファンの手にわたったという。
たった1人きりで240缶。
小さい頃からお菓子作りに励んできた成澤さんにとっても、島缶の製作は大きな大きな挑戦だった。失敗は数え切れないほどやってきたのだから、あとは挑戦するのみ——。これまで培ってきた製菓の知見を注ぎ込み、試行錯誤を重ね、なんとかすべての島缶を因島に送り出す。
ちょうどこの夏、30歳の誕生日を迎えたという成澤さん。20代最後の大仕事について感想を伺うと、「10代のころから応援し続けてきたアーティスト、その故郷とコラボレーションができるなんて、夢のような経験でした」と照れくさそうに微笑んだ。
渚で紡がれた夏の物語は
それぞれの場所へ旅立っていく
多くの人が“渚に関わる人”となったこの夏。季節が移ろい、今はそれぞれがそれぞれの場所で、自分の生活を営んでいる。横浜のシェアキッチンから因島に渡った島缶もまた、SEABRIDGEからたくさんの人の手に渡り、再び全国各地へと旅立っていった。
成澤さんは、いずれは地元・仙台で自分の店を持つことが夢だという。因島に居住を移す人もいれば、別の場所から因島に関わる人もいる。どこに住んでいたって、何を選択したって、渚に関わる人であることに変わりはない。たくさんの人の行き来を見つめながら、改めてそんなことを考えさせられた。
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